++わんにゃん日記++
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---2010年11月の日記---

2010年11月21日(日) 寂しい、、(愛猫ふーちゃんとのお別れ)

私の愛猫のふーちゃんが亡くなってしまってから今日で4日経ちました。

ふーちゃんは、生まれて初めて勤めに出た30代前半の頃、本屋勤めの帰り道に拾ってきた仔猫でした。

その頃住んでいた団地から駅への道は桜並木の続く緑の多い道で、その道端の植え込みの影でニィニィと甲高い声で鳴いていたふーちゃん、、私の掌に乗るくらいに小さくて、初対面なのにいきなり手の中で幸せそうに寛いで、「これは、、この仔猫は、、私の子だ。私が保護して幸せにしなければ。」という気持ちにさせてくれたふーちゃん、、
(このあたりのことはHPの「思い出話」のところに書いています。
http://cherry.cside9.com/cat.html)

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ミルクを飲むのが大好きで、毎回ミルクを飲んだ後にはカエルさんみたいな大きなお腹になって気持ち良さそうにしてるのが可愛らしくて、当時まだ小学生だった娘や息子と可愛がって可愛がって育てた猫でした。

仔猫の頃は爪が鋭いのに遠慮なしに爪を突き刺して人の体によじのぼってくるので痛かったなあ、、今でも体中あちこちにふーちゃんの爪でついた傷あとがうっすらと残っていたりします。

ずっと元気でいてくれたのに、今年の夏あたりから口内炎がひどくなったり食欲がなくなったりしてお医者さんに通うことが増えていました。

10月に入ってからは今までのどの猫にもなかった症状、肺がひどく炎症起こして呼吸がずっと苦しそうで、週に二回ほどお医者さんに通っては、気管支拡張剤を注射していただいたり、抗生物質をいただいたりしていました。

一度はなんとか持ち直して食欲も出てきていたのですが、食べても食べても体重の低下も止まらなくて、、

水曜日、17日の2日前にはまだ少しだけ元気も戻っていて、晩御飯を作っている私の足元にいつものようにすり寄ってきて鶏肉をねだったりもしてくれていたのに、水曜日にはいつもの何倍も苦しそうな息をしていて、、

ミルパパと「なんとか元気になってもらえないか(> <)」とこの日もお医者さんに連れていったのですが、あまり有効な治療がもうないようで、

「まあ、年齢も年齢ですし、、猫ちゃんの中にはこの年齢でも天寿、という猫ちゃんもたくさんいますし、、」とのこと、、(たぶん16歳です。)

何より、息が苦しいので、栄養や治療用の点滴があまり出来ない、点滴をすると逆に息が苦しくなって苦しめてしまう、、先生もどこまで治療すべきかかなり迷っておられるようでした。

結局、少しだけ気管支拡張剤や炎症を抑える薬、ぶどう糖を投与していただいて後は酸素吸入してもらい、とにかくまめにぶどう糖をあげて水分・栄養分の補給に務めること、猫ちゃんがどんなにいやがっても保温に気をつけること、との注意だけいただいて連れて帰ってきたのでした。

猫の年齢や症状の重さにはあまり関係なく、その猫に「まだ生きたい」という気力があれば治る可能性はある、とどこまでも匙を投げないで治療してくださる先生なのですが
(実際、ミルパパの愛猫みるくは原因不明の腎臓の腫れがひかなくて体重1.7Kgまで落ちて死に掛けたことがあるのですが、みるく自身に生きる気力がずっとあったので治療頑張って持ち直して、今はまた元気なフカフカ猫になっていたりするのですが、、)
今回は、ふーちゃんがもしかしたら「もうそろそろ、、」って思っていたのかもしれません。。先生にはわかっていたのかもしれません。。

とにかく、暖かいところをいやがってひんやりしたところに行きたがって、ふーちゃん用に買ってきた電気毛布からも逃げよう逃げよう、とするのです。体温が34度台にまで下がっているというのに、、

ミルパパが言うには、野生の動物の死因、ってどんな病気や怪我であれ、直接の解剖学的な死因は「凍死」なのだそうです。体が弱って、生命を維持できなくなった時、体温が保持できなくて眠るように、あまり苦痛を感じないで死んでいけるようになっている、、のだとか、、ふーちゃんがひっそりした温度の低いところに行きたがるのはもしかしたら、苦痛を感じないで眠るように逝きたい、という本能からしているのかも、と。

でも私はあきらめられなくて、なんとか治って欲しくて、なんとかまた元気なふーちゃんに戻って一緒に暮らせないかとあきらめきれなくて、電気毛布でくるんで、息が苦しそうでほんとにしんどそうにしているふーちゃんに話しかけてさすり続けていました。でもほんとにしんどそうな息をしてたよね、ふーちゃん、、引き止めてごめんね(> <)。なんとか薬が効いてきて、息が楽になって食欲が戻って、、元気になってくれないか、って、どうしても願ってしまって、、

そうして過ごしていて、ほんの数分、私が席を外していた(おトイレに、、)、その間にふーちゃんは逝ってしまいました。ずっと聞こえていた苦しそうな苦しそうな息がフッと途切れたので「薬が効いてきて楽に息できるようになったのかな?、、まさかまさか」、と胸騒ぎがして戻ってみたら、もうふーちゃんは逝ってしまっていました。

最後の瞬間を看取ってあげられなかったのが申し訳なくて悲しくて寂しくてたまりません。最後の瞬間に抱っこしてあげられなくてごめん、、最後までなでてあげられなくてごめん、、でももっと早く解放して欲しかったのかな?苦しいのに引き止めてごめんね。。

息をしてないふーちゃんの体、死んだなんて思えなくて、猫とのお別れはもう何回も経験してきているのに、ふーちゃんの死だけはあきられきれなくて、、

翌朝、仕事の後、動物葬してくれるところに連れていってお別れしてきたのですが、まだ目もキレイに澄んでいる毛並みも(痩せてごつごつしているけど)キレイなままのふーちゃん、、お別れしたくなかったな。。

無条件に私だけになついて私の後をついてまわってくれた、私だけを愛してくれたふーちゃんがいない、愛猫がいない、、、これがこんなに自分にとって寂しいことだとは想像できていませんでした。

オレンジ猫のトッティにご飯あげていても、晩御飯の用意していてミルクやタンタンにねだられるまま鶏肉あげても、ミケちゃん抱っこしても、、ふーちゃんのいない喪失感が埋まりません。もちろん他の猫も大事なんだけど、ふーちゃんは私にとってとても特別な猫でした。

愛猫のいない寂しさに悩まされています。。寂しいです。。ふーちゃんがもういないなんてまだ信じられない気持ちでいます。

No.149

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